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19.「善知関の狭布旗をうはひ合の図」


作品名:『善知関の狭布旗をうはひ合の図』
絵師:歌川豊国(三代) (1786〜1864)

山東京伝の読本『善知烏安方忠義伝』(うとうやすかたちゅうぎでん)は,未完の作品で,将門の嫡男良門の最後を物語る続編の構想があったが,その内容の予告だけで終わっていた。再び筆をとって,合巻にまとめ『親敵(おやのかたき)うとうの俤(おもかげ)』と題して出版したのは文化7年(1810)である。
この刊本は,明治19年に『将門山瀧夜叉姫物語』と改題して再版されたが,二編とも将門の遺児をめぐる復讐譚に,鳥を殺す以外に生きる道を知らなかった猟師の死後の悲しみ,苦しみを描いた謡曲「善知烏」の筋を加味したフィクションである。
掲画は,謡曲の舞台となった陸奥国の外ヶ浜(現・青森市)の善知関。登場人物の将軍太郎良門は,将門の嫡男で,幼い頃から弓箭(きゅうせん)を好み,牧馬を馳(か)けては,合戦の術を修め,筑波山に住む仙人から蝦蟇の妖術を授かった。父将門の非業の死を知ると,復讐を誓い,諸国をめぐって同志を募り,ここ外ヶ浜にて,善知安方とめぐりあうのである。
安方は,将門の忠臣,六郎公連(きんつら)の子。将門が新皇僭称(せんしょう)して,文武百官を任命する評議を開くと,大いに嘆き,和漢の先例を示して諫言(かんげん)したが,用いられず諫死した。将門はそれを憤り,公連の家を没収し,一子次郎安方を捕らえて国外に追放する。彼は,父の非命を悲しみ,ともに自殺しようとするが,それを妻が押し止め,夫婦ともに奥州外ヶ浜に下り,猟師となって,歳月を過ごしていた。風の便りに,良門が復讐を企てていると聞いて安積山(あさかやま)に良門を訪ねて諫死した。
錦木(にしきぎ)は,安方の妻である。物語では,安方の死後,貧しさに耐え,苦労をかさね,細布を織って一子千代童(ちよどう)を養うが,悪徳医師に恋い慕われ,生き地獄の責めを受けても操を守りとおして憤死する。死後,魂魄(こんぱく)が鳥となって,夫の死路をたずね,夫婦の亡魂は,良門の野心を諫め続ける。
補足すると,錦木が死の直前に千代童に告白する。猟師の子ではなく,平将門の従者の子と知った千代童は,やがて父の意志を継いで良門の謀反を諫めようと決心するという,親子三代の忠義を物語るのが掲画の背景である。
掲画では,安方を猟師から関守に移し,繋馬(つなぎうま)を描いた狭布旗(けふのはた)を奪い取ろうとする良門,旗を渡すまいと争う安方と錦木の姿を外ヶ浜を背景に描いている。
詞書には,「陸奥(みちのく)の外ヶ浜なる呼ぶこ鳥 鳴くなる声は善知烏安方」とある。和歌は,飛鳥(ひちょう)の人に劣らず深く子を思うことを詠んでいる。忠義の姿を潜ませた表現である。
原寸 37.6 cm × 25.5 cm(3枚とも)

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