平将門 ゆかりの郷  − 茨城県坂東市の観光案内 − ホーム サイトマップ

坂東市観光協会

ホームお知らせ観光情報写真・映像カレンダー交通ガイドお問合せ窓口

 今後の予定
  10月28日
ばんどうホコテン(夏季)
  12月23日
ばんどうホコテン(冬季)
  1月27日
ばんどうホコテン(冬季)
  2月24日
ばんどうホコテン(冬季)
  3月24日
ばんどうホコテン(冬季)
他 181 件

 ふる里さしま古城まつり

お知らせ
観光情報
写真館

 岩井将門まつり

お知らせ
観光情報
写真館

 さくらまつり

お知らせ

 岩井の夏まつり

お知らせ
観光情報
写真館

 さしまの夏まつり

お知らせ
観光情報
写真館

 ばんどうホコテン

お知らせ
観光情報
写真館

 詰め将棋モニュメント
お知らせ
詳細内容
※ルール・解答用紙などもダウンロードできます。

 特集
ふるさとガイドの会
写真コンクール

 リンク


坂東市役所 坂東市役所


ベルフォーレ 坂東市総合文化ホール


さしま郷土館ミューズ さしま郷土館ミューズ


茨城県自然博物館 茨城県自然博物館


坂東市体育協会 坂東市体育協会


がんばん堂本舗 がんばん堂本舗


 アクセスカウンタ
今日 : 4545
昨日 : 148148148
今週 : 754754754
今月 : 3753375337533753
総計 : 500117500117500117500117500117500117
平均 : 178178178

観光情報
トップ  >  将門公と史跡  >  資料に見る平将門  >  絵巻物と将門  >  1.「相馬之馬追祭図」


1.「相馬之馬追祭図」

(5月中の申の日 −坂下より新田川原 渡橋の景−)


作品名:『相馬之馬追祭図』  
絵師:多田満寿(経歴不詳)

絵巻物という形式は,わが国に仏教が渡来し,大陸文化が流入した時代に他の文化と一緒に入ってきたと考えられている。わが国で作られた絵巻物の最古という『絵因果経(えいんがきょう)』は,釈迦の伝記を記した経典に絵を加えたもので,天平年間(729〜765)に制作された。
その後,10世紀から11世紀の藤原氏全盛時代,日本文化・文芸の興隆の思潮に育まれて発達した。平安後期から鎌倉時代に入ると,内容・様式の上に多様性を加えて物語文学,和歌文学,伝奇説話,戦記,記録類など多くの作品が作られた。しかし,中世末期から江戸期には,絵巻物に代わって掛け軸形式の鑑賞絵画が主流を占めたが,近世から現代に入っても絶えることはなく,わずかながら制作されている。
掲画は,江戸中期から後期にかけて制作された絵巻物のひとつである。内題に「野馬追之記・相馬より書上(かきあげ)」とあり,巻末には,東奥中村藩,只野頼氏男(ただのよりうじのなん)多田満寿(ただのみつずみ)と誌している。多田満寿については不詳だが,狩野派の画法を心得た絵師である。
詞書に「鎮守妙見祭礼野馬追の事,先祖,下総国居住の節,小金原に於て野馬追仕り候。其の後,当地中村里に移り候以来,野馬追場所は行方郡原ノ町と申す所に−」と記している。
これによると,相馬氏の始祖,平将門が下総にて始めたと伝え,鎌倉時代の千葉常胤(つねたね)の二男師常(もろつね)が将門の正統を継いで相馬地方を支配するようになると,将門の先例にならって小金原で野馬追を行うようになった。さらに元亨3年(1323)下総から奥州太田(原町市)に移った相馬氏は,小金原での騎馬の調練を模して野馬追を行った。これが野馬追いの原形である。
将門の頃,官牧はともかく私牧では,多くの野馬を放牧し,演習の際はこの馬群を敵と見立て,将兵が騎馬で追うことによって馬術の稽古をしたと思われ,将門が騎馬による先制攻撃を得意としたのは調練に意を注いだからであろう。この調練と相馬家の鎮守であった妙見社に,神にかなう馬をとらえて奉納するという行事が「妙見野馬追」として伝承された。
掲画は,その祭礼の絵巻物である。中村藩(相馬市)から出発した隊列が新田川原渡橋の図である。
カテゴリートップ
絵巻物と将門
次
2.「相馬之馬追祭図」(2)〜原の町より早朝出陣〜


坂東市観光協会