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18.「将門むほんの企て-従弟六郎公連(きんつら)これをいさむ-」


作品名:『将門むほんの企て−従弟六郎公連(きんつら)これをいさむ−』
絵師:歌川国芳  (1797〜1861)

俗にいう19世紀を代表する浮世絵師,葛飾北斎,安藤広重や歌川国貞といった人々とともに,国芳もこの世紀を彩った絵師のひとりである。嘉永6年(1853)刊の『江戸寿那古細撰記』(えどすなこさいせんき)には「豊国ひがほ,国芳むしゃ,広重めいしょ」と当時の名人を並記している。国芳は兄弟子の国貞,のちの三代豊国に次ぐナンバー2の位置を与えられ,武者絵は当代きっての実力者と評価されていた。
国芳の出世作は,14世紀の中国で,勇敢かつ正義漢あふれる宋江の一味が活躍する物語『水滸伝』に画題を求めた『通俗水滸伝豪傑百八人』シリーズの連作であった。この作品がベストセラーとなり,続いて『三国志』など物語の中で活躍した武将を描いて江戸庶民に迎えられ,画題を中国から日本に移した。将門の乱を始めとして,源平合戦や『曾我物語』『太平記』そして江戸期の『忠臣蔵』など,広く人口に膾炙(かいしゃ)した過去の実話,仇討ち事件の登場人物をモデルとして,大衆向けの錦絵版画に新境地をひらいた。
天慶の乱やその後の読本,戯曲を画題として巨大な骸骨の襲来を描いた『相馬の古内裏』,筑波山の仙人から妖術を授かって父の仇討ちを決意する『蝦蟇(がま)仙人と相馬太郎良門』,掲画と同じ場面を趣きを換えて描いた『将門,公連の諫言(かんげん)を叱責す』など,国芳が将門について多くの作品を描いているのは,庶民の興味に加え,その開拓精神を高く評価していたからであろう。
掲画は,常陸国庁を襲撃して国家的反乱に突入した将門が,東国制覇の野望のもとに上野国庁(現群馬県)において,自ら新皇を僭称(せんしょう)するが,舎弟の将平と従者の伊和員経(いわのかずつね)に,こもごもこれを諫止される場面である。
帝王の業というものは,人智によって競い求めるものではなく,また力ずくで争いとるものでもない」と将平は諫(いさ)め,「諫言に心を留めて,よりよい思案をめぐらされたご裁断を下されるよう」伊和員経は諫めた。
将門は「ひとたび口に出した言葉は,四頭だての馬車でおっても追いつかぬという。すでに口に出した以上,成し遂げねばならない。いったん決められた議をくつがえすなど出来るはずはない」と怒り,やがて新政府の構想のもとに諸国の除目(じもく=官に任ずる)を発令して,東国独立国家が動き始めるのである。
掲画に描いた人物の顔貌(がんぼう)には,異なる肌色を刷り重ねて,立体感を表出するなど,異彩を放つ作品となっている。
原寸 36.3 cm× 24.5cm (3枚とも)
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