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10.「相馬太郎良門・再将門山におゐて籏上(はたあげ)の国」


作品名:『相馬太郎良門・再将門山におゐて籏上(はたあげ)の図』
絵師:歌川芳盛(初代) (1830〜1885)

初代芳盛は、歌川国芳の門下に列し、師の画風を踏襲して一光斎・桜坊と称した。武者絵を得意としたが、風俗画や花鳥画、草双紙の挿絵なども手がけ「末広五十三次」の制作にも参加したといわれている。
掲画は『前太平記』の「平良門蜂起ごとにつき多田攻の事」と、山東京伝の読本『善知烏安方忠義伝』を用いて構成した三枚続絵である。
読本によると、亡父将門の復讐心を抱いた良門は、奥州を発って国々を巡り、武芸を琢磨し仲間を募って、播州三石の奥に柵を構えて西国第一の要塞という新田城を攻めたが、源頼光の前に敗れた。再び加勢を集めようと立山連山の地獄谷に出向いて、伊賀寿太郎と出会った。
「西海の猛将、伊予掾藤原純友の補佐役の臣と呼ばれた伊賀寿太郎は、通称を活閻羅(かつえんら:現世の閻魔)大王と称す。亡父孝養のため義兵を起すべく身を粉にして諸国をめぐり味方を集めるといへども、いまだ補佐を得ず。はからずも汝に遇しは大儀成就の端相なりー」と、頼光への復讐で意見の一致をみた伊賀と良門は反撃を企てて将門山に籏上げすることになる。掲画の構成上の背景である。
源頼光の四天王と称する渡辺綱、卜部季武、臼井貞光、酒田公時らが将門の遺児による復讐譚の中に現れるのは、江戸後期の読本からで、文字どおり奇想天外な展開を見せている。
掲画を見ると、老将の伊賀が崖上に立って先陣同志が混戦する状況を眼下に、味方の兵士を鼓舞する姿には凄絶な悲壮感がみなぎっている。伊賀とは対照的に後陣に控えた渡辺綱の隊列が粛として乱戦状況を見守っている構図は、源氏の優位を暗示するものであろう。
やがて後陣が加わった激戦が展開される中で、良門は渡辺綱に捕らえられ、首を切られて、父の非命を愁いた野望は露と消えることになる。
原寸36.9cm×24.5cm (3枚とも)
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